ニッポンの胃袋は、オレたちが支えてる

〜湊日曜朝市会会長・上村隆雄さん

館鼻岸壁朝市

工業高校出身だから

上村さんは高校卒業後、上京。花形だった鉄鋼関係の会社に12年勤め、30歳を前にUターンした。高度成長期に活気づく東京と八戸の雇用環境の差に失望した上村さんは、農業の道へ。
「農家は年配者が多いから、10年頑張ったら対等に勝負できるんじゃないかと。今思うとかなり甘かった(笑)。」
知識も経験もないが、ガッツだけは人一倍。自分の名前が付いた野菜が高値で取引される日を夢見てがむしゃらに頑張った。
   「初めは肥料が何かも分からない。工業高校出身だから(笑)」という状態から、近隣の農協で指導を受けたり、農業講習会に通いつめたりと研究を重ねた。

つくったものは、自分で売る

しかし、そう簡単に高値はつかない。新しい販路を模索していた頃、妻・昭子さんとともに市内の朝市に出店し始めた。軽い気持ちで始めたものの、しだいにのめりこんでいった上村さん。
役員を経て、ついに湊日曜朝市会会長となった。その後、産直「八菜館」の会長も引き受け、作物を自分で「売る」ことの大切さを実感していった。
就任当初、八菜館の売り上げは年間4千万円程度。上村さんはこれを3年で3倍以上にしたほか、スーパー内にミニショップも展開。
今では約1億9千万円を稼ぎ出す。躍進の理由は、会員農家の意識改革だという。
  自らマイクロバスを運転して優良農家を見学したり、イベントを定期的に開催したり、店内のディスプレイを変えたり。今も〝上村流〟で仲間を引っ張る。 

土づくりは〝設備投資〟

農業者としての上村さんのこだわりは、土づくりから始まる。
 微生物を餌料に混ぜた牛のフンから堆肥をつくり、ミネラル分豊富なインドネシア産や福島産の天然肥料も欠かさない。
 「畑や田んぼは工場だと思ってます。土作りは設備投資。いい土がいいものを育ててくれれば、自信を持って売れるでしょ」
 聞かれれば、技術はどんどん公開する。しかし、すべてを教えても習得できるのは100人に一人か二人だという。
   「オリジナリティを加えて自分の技術として身に着けなきゃ、ダメだ」と若手に喝を入れた。

ほんとはものすごい希望がある

上村隆雄さん 東日本大震災の爪痕が残る日本の、東北の今。それでも未来に希望はあると言い切る。
 「農業も漁業も、ほんとはものすごい希望がある。ただ農家は自分の思った値段で売れないから希望をもてないわけで、そこから抜けないとダメですよ」
売値を決めてから作る工業製品と違い、農産物はほとんどが農協経由で市場に出て競りにかけられ、買い手が価格を決める。
 そんな中にあって「売りたい値段で売れる朝市や直売所はすごく画期的!」と上村さん。
 頑張った分きちんと儲かる。そんな農業の仕組みを確立すれば、若い世代に希望を与えることもできるではないか、というわけだ。

東京の空気吸ってこい

意外にも、上村さんは東京・四ツ谷の写真学校で2年間、コマーシャルなどを学んでいる。写真家・森山大道のゼミだった。
 「だから、若い人に会ったときにはね。年に1回くらい東京の空気吸ってこいっていつも言ってる」
 世の中の変化を肌で感じること。そしてもうひとつ、東京へ行くのには意味がある。
 「われわれが作っている農産物がこの人たちの食糧だって、プライドを持ってほしい。朝早くから夜遅くまで、ただ苦しい仕事だと思うのとでは喜びも、希望も、全然違うから」
   日本の中心で働く人々の食料を、自分たちが支えている―。
 誇りを胸に秘めた若い農業者たちが八戸から誕生するのを、上村さんは見守っている。 

上村隆雄農園