めざせ! 紅白〜SAILING 新たな航海。(前編)

こぶしを突き上げながら「Yeah!Yeah!Yeah!」とシャウトする『WHAT FEELING』、艶っぽく『みだれ髪』を歌いあげる変幻自在の〝歌謡ロックバンド〟セーリング。八戸の情景を歌って2010年にリリースした『きみのまちは ぼくのうた』はカラオケ配信曲となり、東日本大震災の復興応援ソングとしても定着した。〝大阪生まれ、八戸育ち〟のセーリングは今、八戸市〈三日町三栄会〉にレーベルを立ち上げた出町京子プロデューサーとともに、新しいステージに漕ぎだそうとしている。
セーリングatみなと博ランカイ

大阪生まれ、八戸育ちのバンドのメンバーは…

ゴウさんが鹿児島、ナオさんが京都、リョウタさんが北海道、タカシさんが愛媛、テツさんが岩手。ご出身が見事にバラバラですが、バンド結成に至った経緯は?
ゴウ

僕らみんな、みなしごで、川を流れてきたナシから生まれた…なんてことはないんですけども(笑)。みんな音楽やりたくて大阪に来てたんです。僕に関して言えば、生まれ鹿児島で、育ちが大阪。4歳から俳優の仕事をしてたんですが、ミュージシャンのほうが自由に、自分の力でできる部分が大きいなと思って。11〜12年くらい前かな、バンドが流行ってる頃、楽器屋さんとか練習スタジオに張り紙貼って、メンバー募集したんです。はじめにリョウタ、そこからだんだん揃いました。言うたら、逃げなかったメンバーです、これが(笑)。だってその前にメジャーデビューの話がきたとき、前のメンバー逃げましたもん。「オレ、違うわぁ」いうて(笑)。

でも、メジャーデビューが目標では?
ゴウ

その子たちはメジャーに行って、好きな音楽を好きなようにやるっていうイメージだったのかな。

ゴウさんとしては、まずは売れる方が先。
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プロでやる以上は、自分たちがやりたいこととか、ジャンルがどう以前にまず、お客さんを喜ばせなダメ。それがわかんない子が多くて、大げさでなく300人面接しました。ようは「なんでもいいからプロになろうぜ」って集まったのが、このメンバーです。

リョウタ

そこが分かってるから、ヘンにもめごとにならない。ほんとは趣味も、好きな音楽も違います。僕はヘビメタ好きで。

ゴウ

僕ははじめ、アニメソングやりたかった。

ナオ

私はパンクで、オフスプリングとか。

タカシ

僕はビジュアル系ひとすじです(笑)。

テツ

僕はファンクとか好きでしたけど、最近は「けいおん!」が好き(笑)。

ゴウ

ケンカは、1人でも多くのお客さんにライブに来てもらうには、CDを1枚売るためには、どうしたらいいんだよ、というときだけ。あとはない。だからやっていけるんだと思うんです。車ん中でずっといっしょにいてても。

常にツアーバスで移動ですもんね。「セーリング・カー」。
ナオ

「コースター」っていう車種なんですけど、先代の車が炎上して使えなくなって…。

ゴウ

死にかけたんですよ。でも車に乗ってたら、死ぬか生きるかなんて、けっこう紙一重ですよ!

そんな(笑)。ナオさんがとても印象的だったのが、(一昨年の)館鼻岸壁の12月のライブです。あの寒いときにミニスカートでドラム叩いて、しかもすごくパワフル! すごいな、よくやるなって。
ゴウ

お客さんに言われました。「あの子に服を着させなさい!」

ナオ

怒られるんですよ。「アンタ、なんちゅうカッコしてんの!」 寒いというか、あれは、痛かった(笑)。

ゴウ

痛くても寒くても、僕らだけが動いてるんならやめれるけど、いろんな人を巻き込んでるからね。名もなかった頃から僕らを信用して、よっしゃ、責任はオレが持つって言ってくれる人が各地にいる。全国から見に来てくれるファンもいる。もう、やらんとしゃーない。だからどんなときでも、僕らから中止って言わないですよ。

本当に全国にファンがいますよね。
ゴウ

メジャーデビューして、マイクロバスで寝泊まりしながら47都道府県をツアーで回ったときにライブを見てくれた人からですね。そういう人たちが、『きみのまちはぼくのうた』がカラオケに入るときの署名をしてくれました。そうじゃないと、北海道から鹿児島まで、そんなに集まらないですよ。

セーリングインタビュー

セーリングに、「中止」の2文字はない。

八戸との関わりは?
ゴウ

三栄会の出町プロデューサーに営業電話したのが始まりで。最悪でしたよ(笑)。

そこ聞きたいですね(笑)。
ゴウ

ツアー中、ここで行かへんかったら一生青森行かへんな~思って、小樽から電話したんですね。そのうちの一つが「感謝の夕べ」やってた三栄会。

対応したのは、出町プロデューサー。
ゴウ

電波がものすごく悪くて、8回くらい切れたんですよ。第一印象、最悪だったみたい。関西弁で喋るし、なんなのって。でも「うちでやる?」って言ってくれた。感謝の夕べが決まったら、三沢とか津軽の方もライブ決まった。そのとき電話つながった人たちが集まって、今も応援してくれます。案外、本気できちんと話せば伝わる。そのとき思いました。

青森県との関わりは三栄会から。
ゴウ

感謝の夕べ」のライブの評判がやたらよくて。イベント出たり慰問ライブやったりして、結局、1ヶ月ちょっとおった。それが始まりですね。2009年の9月。

出会いから『きみまち』まで1年。
ゴウ

いろいろありましたよ〜。すごい人ですけど、すごいイヤなとこもあるんで(笑)。

出町京子さん(以下、出町)

毎日ケンカばっかり。八戸人と関西人が合うわけないんですよ(笑)。だいたい、歌詞ができてないんだもん。

ゴウ 広告_みな実焼き

だって、歌詞にぶつぶつ言うんだもん。

出町

八戸ってほら、文化レベル高いじゃない?(笑)。三栄会からこういうレベルのもの出せないっていうラインがあるわけ。八戸の人が納得できるものを出さなきゃいけない。で、なかなかできなくて。

ゴウ

歌詞なんか、聴いた人が想像するものやねん。ヒット曲も、好きと愛しか言うとらへんがな。メロディーと歌詞は一緒になって初めていいって僕は思うんですけど。だからレコーディング中も仲悪かったですよ、ずっと(笑)。

そこで「もうやめよう」って話は出なかった?
ゴウ

やっぱりセーリングに「中止」の2文字はないんですよ。

出町

私だって役員踏み倒してやっているんだもん、やめられない(笑)。

ゴウ

作る以上は売れるもの作らないと、僕らも出町さんも立場が悪いわけですから、必死ですよ、お互い。で、仮歌でもいけるんじゃないかってそのまま2バージョン出して。時間もなくて、ほとんど一発録り。ライブでやったら、大阪でも反応が良かった。八戸の歌作ったのに他のところでまずウケた(笑)。

八戸マガジン『ユキパル』09 めざせ! 紅白〜SAILING 新たな航海。(後編)に続きます。