僕が駅、駅長である プラットフォーム DUB STATION〜ダブ・トランペッターこだま和文さん

日本を代表するダブ・トランペッターこだま和文さん。2010年4月、現在『すばる』誌にて連載中のエッセイ「空をあおいで」を中心に過去のエッセイ集や自伝的小説も収録した新刊『空をあおいで』の刊行を記念し、2009年11月に八戸のライブ・スペースFLATで行われた、秋のみちのくツアーの際に行ったインタビューを掲載します。
こだま和文
こだまさんは1999年以降、バンド以外でのソロ活動をDUB STATION(ダブステーション)と名付け、ターンテーブルをバックにしたサウンドシステム・スタイルで演奏を行っていますが、ダブステーションという意味とは?
こだま

それは、僕が駅長ということですよ。僕は駅として発信してるわけで、発信ちゅうか…駅なわけですよ。通り過ぎて行くんですよ。
 駅ちゅうのはじっとは居ないんですよ。人は電車がこう…通る。一時期そこを通ったり、そこで降りる人もいれば降りない人もいる。例えば、一時期、僕の音楽のすごく熱心なファンだったとしても、その後、聴かなくなる場合もある。ずっとファンでいてくれる人は有り難いですけど、色んな時期、色んな時期、その通過していくっていう…僕の音楽を――そういう意味の駅なんですよ。さびれた駅(笑)
 いちおう僕がやっている以上は廃線にはならない。駅としていつもあるわけですから、調べてくれればライブがあったり、なんか録音物が出たり、それをその駅を通過するか、その駅で降りるかっていうことですよね。
駅としては僕はあると。廃線にはならないっていう(笑)
だから僕は駅として…プラットフォームみたいな――まぁ、移動する駅。
 あんまり今は、こう…そこにずっとある駅の、駅の駅長といわなくても、駅員であればいいかなって気はしますね。世の中どんどん変わっていくし、今まであった物がすぐに無くなっていく時代ですからね。
個人の商店がどんどん無くなって、駅前が空洞化してっていう。だから今のところは、こだまという駅で廃線にならずに駅員やってればいいかなあと。通りすがる人見ながらね。

経済状況や世の中が変わっていく中で、こだまさんが演奏活動とか音楽活動を通してライブに来るお客さんから感じる変化は何かありますか?
こだま

やっぱり経済的にもこういう状況なだけにね。お金支払ってライブに来てくれる人達っていうのも、ある種、厳しい感じってのもありますよね。厳しい視線っていうか――ちょっと前、何年か前のね、お祭り的な感覚で、ワーッとみんなで遊びに行って、ワーッと騒いで楽しくすればいいっていうことじゃなくなってきて、やっぱ、お金を払って観る以上は「楽しませる」みたいな、いいものをやっぱり、ちゃんと観ようとしてるっていう視線みたいなのは感じるようになったんですよね。それが、去年あたりかな。
 大阪行った時にすごくはっきり感じた時があって。もう、あんまり騒がないんですよ。もうみんな、あの『盛り上がろうぜー』みたいなことじゃないんですよ。みんな自分でチケット買って来てる。来てる分の厳しさっつうか・・・。これをすごく感じたんですよねえ。
 やっぱり、2000円、3000円のチケットを買って、しかも土日なり、週末の時間を割いて来るっていうねえ――それは、僕は、僕は、うれしいことだったですけどね。だから「つまんなきゃ、帰りますよ」みたいな感じでもあるわけですよ。
 で、前は、なんとなくイベントだっていう。そこに行って、知り合いもいたりして、酒飲んだりして、ワーって、楽しいよねっていう感じも、強かったと思うんですよ。それが、そうじゃなくて、なんか、少しでもいいものを聴きたいっていう。だから――

ある種切実さがある?
こだま

そうそうそう。それをちょっと感じましたよね。
自分でも、そう思いますもんね。チケット買ったり、入場料払って…それよりか安い居酒屋で4~5人で飲んでた方が楽しいよね~、みたいなことだから。必ずしも広い環境がいい訳じゃないでしょ。
 クラブとかライブハウスとか、みんなと肩が触れたり、蒸し暑かったりしてさ、決して居心地のいい場所ばっかりじゃないのにお金払ってきてくれるわけでしょ。しかも、深夜だったりするんですよ。すると、その有難みみたいなものが感じるようになりましたよね。
 前も、それは自分の音楽を聴きに来てくれる人が、もう全てだっていうのが…もう、昔からですけど…最近、こういう世の中になると、強く感じますよ。
 2000円、3000円の入場料で酒も高いですしね。クラブなんてビニールのプラスチックのグラスに入ったビールが600円だったり、700円だったりするような~。あれもちょっと、考えもんだと思うんですけどね。
 もう少し、酒の値段下げたりね。ドリンクなんかもうちょっと…緩めてね、薄く広く取るようにしたらどうかと思うんですけどね。

現在は、自身の作品を作るというよりライブ活動が中心の生活を送るこだまさんですが、以前、お会いした時「歌のレパートリーを増やしたい」とお聞きした記憶があるんですが・・・。
こだま

そうですねぇ、ライブが中心になっていますね。だから、歌は…ちょっと実現してない。もっぱら、カラオケで歌う曲が増える(笑)
やっぱ、レコーディングしないと増えていかないんですよね。この先また作品が作れれば、そこでまた歌を増やしていくっていうのはあるんですけど、なんせ、旅に出てライブやって生活していくっていう状況が5年続いていますからね。
 行った先でお金をいただいて、また旅に出て。もちろん東京でもライブがあって――それで1年が過ぎていくんですよね。全くのバンドマン的な暮らしです。週に1回…夏なんかは毎週末、どっかに行ってる状況になるんですよ。大きいイベントもあれば、小さいライブハウスもあるんですけど。それで過ぎていくんですよ、夏が…。そうすると、じっくり自分で曲を書いてため込む時間がない。
 それをやるには、もう、ライブを止めなきゃいけないというか…どっちもどっちなんですよね。

■僕が活動出来ている環境っていうのは、すごいコアな場所

各地を飛び回る生活のなかで雑誌のエッセイなども連載しているこだまさんですが、そのなかで、連載が開始したばかりの出版社がなくなってしまったことに欠落感を感じるとともにこれからの世代への生活の深刻さも感じるという——。
こだま

 それはそれで、ステージに立って演奏するお金で自分が飯を食ってるっていうのが、ちょっと喜びでもあるんですけど、だけどそれに甘んじてるというのも良くないなっていう風にちょっと思って、やっぱり、作品を作らなきゃって気持ちはあるんですけど…。
 ライブ以外でも、いろんなのやりましたけどねえ。赤塚不二夫さんの追悼アルバムで「アッコちゃんの好き好きソング」を歌ったり、お酒をテーマにしたレゲエのコンピレーションアルバムにも参加して「マイウェイ」を…それは歌じゃないんですけど録音しましたよね。だから、まばらな録音しか出せてないんですよね。まとまった形で、次の作品を作りたいなとは思っているんですけど。
 今年の初めだったかな? 『RemiX』って雑誌がリニューアルして、その企画で僕と水越真紀っていう音楽ライターとの連載対談が始まって、リニューアル創刊とその次の号ですぐに終わってしまった。『頑張りましょう』って言って、すぐですよ。だから、もうあんまりいいことないですよね。
メディアとして、僕なんかが関わって、僕の対談を連載でやりましょうっていう雑誌…そうないですよ。他に雑誌はいっぱいあっても。僕にとっての小さいエリアっていうかさ、小さい自分に必要な環境の中で1つの雑誌が消えるっていうのは、ものすごく僕のような者にとって大きい欠落感があるんですよ。
 たくさん、雑誌ありますし、インターネットもあるし、メディアも、TV、ラジオいっぱいある中で、僕のようなものを取り上げて、僕がなにか書くとか僕が話すと言う事をやっていこうという雑誌は――思うとすごく少ない、狭いわけですよ。もう。
 他の人にとってみれば、そんな有名な雑誌ではないですけど、コアな音楽雑誌ですからね。専門誌だから。だけど、僕にとっては大きな木が1本切られたような感じになっているんですよ。
 そうすると、大きいことなんですよね。だから、あと、ライブハウスとかクラブとか自分があの演奏してきたような店がなくなるとしますよね。そうすると、すごく大きいその、自分の場所がなくなるわけですよね。
 つまり、僕のようなものが活動出来ている環境っていうのは、すごい、こうコアなところで、こう、自分が支えられているっていう、そん中の雑誌が1つ無くなるとね、他は見たくない雑誌は、あふれているのに、何で俺の連載をしてくれる雑誌が無くなるんだ。そういう思いをしましたね。
 自分であんまり、今、ちょっと言いたい、何か言いたいことが、ちゃんと言えてない気がするんですけど、つまり、自分にとって大事な活動の何本か木があるとすれば、それが切り取られていく感じがある。
 それと世の中のその動き、不況を含め、若い人達、 20代・30代の人達のその暮らしの深刻さみたいなものが、ものすごい勢いで強くなってきたから。
 だからなおさら、こうやって今回3ヶ所、東北廻りましたけど、来てくれているお客さんに対する気持ちも、ありがたみが…やっぱり、その世の中の大変さと比例してありがたみも強くなるんですよね。お金を払ってですね。ライブに来てくれるっていうことで、人数の問題ではなくて。

■ただそこに自分がいて音楽をやる。シンプルだけど、得難い在り方。

メディアだけでなく、音楽業界もかなり変わり大量生産、大量消費の時代になっているという……。
こだま

二極化っていうかねえ。もう、決まっている方々がお金を稼ぎ、ものを作ってくだけという。やっぱり大量生産、大量消費ってなことですもんね。音楽も。
何十万枚も売れなくてもいいから、ものを作りましょうっていう場所がものすごく狭まっちゃったんですよ。お手軽にみんな、作るっていうか。でも、みんな一律、同じ値段で売られてきたわけですよ。作っている時のそのコストとか、こっちがそこに持ち込んでるエネルギーみたいな事からすると、もっと、色んな値段があってもいいはずなんですよね。それを全部同じパッケージでやってきた事にも問題があるかもしれませんね。だから、その昔僕らがやっていたレコーディングの感覚とは違ってきてるんですよね。
 それで結局、CDが売れないという、それが続いていますからね。それで、配信一本になって。だから、ものを作る、何かその状況を変えていかないと難しいですね。何でも。本でも、何でもそうですよね。
 だから、本当、1つでも2つでもね、少しましになってきてくれればという感じです。僕は。

そういう時代の何かでも、やっぱり別な物を求めはじめてる時代でもあるのかなとも思うのですが、こだまさんのダブステーションのライブもやっぱりその1つになるんじゃないかなと。毎回演奏されている『キエフの空』などを聴くと、そう感じますね。
こだま

あれは、まあ、自分の曲紹介としてね、いつもしゃべる。最低限の説明として言ってるんですけど、まあ、取りたてて声高に今、原発うんぬんと言ってもね、そうはいかない世の中ですからね、結局。
 だから1つでも増やさない方向でいってもらいてぇなぁっていう現状維持は仕方が…止むを得ないっていう…そんな事も言ってきたけど自分がやるべき演奏活動をするのみという状況ですね。

考えてみれば(チェルノブイリ原発事故から)25年以上経ってるんですよね。
こだま

だから、色々言ってきたけど、今はやっぱり自分が、その音楽活動やって生きていくっていうだけになってきて。これはシンプルですよ。そこにあまり欲もないし、なにかある種、いい心持ちですよ。
 かといって、後ろ向きでやるわけではなくて、要するに前向きでも後ろ向きでもなく、ただそこに自分がいて、それで音楽をやる。音楽活動を続けて行くのみという。そういう…これは、なかなか得難い在り方だなぁ思って。みんな一緒に盛り上がろうよっていうのでもなく、つまり、移動する駅のように。
 ただ、廃線にはならないように動いてますよって、行き交っていますよっていう――電車が。

そんなこだまさんの今後のご予定は?
こだま

来年、これまで自分が書いた2冊の本と、『スバル』に連載中のエッセイをまとめて、本にする予定で、早い時期に出せるかどうかっていう。そのために今、編集の作業のつめをやってるところなんですよね。で、あとは、作品を作りたいなって言う。
 来年の事を言ってもなんですけど、なんというか、ちゃんとした、自分なりのアルバムをですね、出したいな、とかあるんですけど。あまり欲もなく移動する駅のように活動できるうちは活動するっていう事だけですね。
 何か声高に今何かもう売らんかなでね、宣伝してっていうのは、もうないですよ。今、自分が音楽家としてね。こう、アーティストとしてやってるという事がすべてですよ。決して楽ではないけど、こう、そぎ落とされた感じがありますよ。なんかガツガツ売らんかなで、ラジオに出よう、TVに出ようとかね。そういう煩わしさがないですよね。

ラジオ、TVのメディアの世界がどんどん変わってきていますからね。かなり。
こだま

第一線も、二線もないという状況がいいですね、僕は。気がついてくれる人は、ライブに来てくれるわけでしょ。10人でも20人でも1人でも。それで、自分が活動できてっているわけですよね。それがいいんですよ。
 だいたい、みんなもう、メディアは売らんかなですからね、すべてが。それは、いいから、作品。それは、来たがってる人のために出したいっていう気持ちが強いから、作りたいって口にして言うんですけど。それも、結局、作るとなると、じゃ、宣伝して、今更より多くの人に一枚でも、二枚でも買ってもらえるようにみたいな話にしかなっていかないでしょ。結局、商売に繋がっていくんですよね。
 もう、商売はあんまりしたくないなっていう…。だから、うん、なんか、いい心持ちですよ。
 今は、僕はそんなにもうガツガツしなくてもいいやっていう。もう、今までやってきましたからね。その何か逞しさみたいなものはありますよ。よくやってきてるなあって思いますよ。
 だから、1回1回のライブが生き甲斐というか、居場所ですよね。
 一番。やっぱり、直接、聴きたいって言う人がいて、そこで直接、演奏するわけですからね。
 ライブは基本。基本でしょ、一番。――芸能のね。
 それで〜、一応生きてここまで生きてきてるっちゅうのが、まあ――いい心持ちでいますよ。

■音楽活動を始めて30年。年月を経て、最近「そぎ落とされた感じがある」というこだまさん。
アンコールで故マイケル・ジャクソンの「スリラー」でこだまさんが踊りはじめたのは驚きだった。
少年の心を持ちつづけたMJへのオマージュだ。
閉塞感のある今の日本、中でも東北、青森県に住む人々の暮らしを気遣っていた。

(2009年11月「FLAT」でのライブ翌日、柏木旅館で収録。)