南部せんべい未来形〜味の海翁堂 槙一郎さん

もともとは三陸の海の珍味、海産物を加工・販売する株式会社味の海翁堂が南部せんべいを作り始めたのは約20年前から。600年ともいう長い歴史を持つ南部せんべいとしては、まだまだニューフェースですが、南部せんべいの未来を担う一人として、ブラタムラこと田村暢英さんはその希望を託しています。

南部せんべいの未来を拓く

 もともとは三陸の海の珍味、海産物を加工・販売する株式会社味の海翁堂。青森県八戸市岬台にある本社には、「南部庵」の看板が掲げられた南部せんべいの工場が隣接してあります。
 味の海翁堂の創業は1970(昭和45)年、父である前社長の賢二氏が、山形から親戚を頼って八戸に来て、糠塚で槙食品を開業したのが始まりでした。
 5年後に白銀町に移り、有限会社海翁堂として会社組織に、1989(平成元)年に「味の海翁堂」と改名、株式会社化。
 海翁堂の名前は、祖父が「海のように広く 翁のように長く続く」との願いを込めて考えたそうです。
 事務局長の木村聡さんと共に八戸せんべい汁研究所を起ち上げたブラタムラこと田村暢英さんは、八戸地方が発祥地である「南部せんべい」に強い愛着があり、その反面、産業文化としての南部せんべいの現状を憂慮し将来を強く危惧しています。
 そして、南部せんべいの未来を担う一人として、味の海翁堂の代表取締役・槙一郎さんにその希望を託し、期待を隠しません。
 味の海翁堂が南部せんべいを作り始めたのは約20年前から。600年ともいう長い歴史を持つ南部せんべいとしては、まだまだニューフェースです。
 海産物を扱っていた海翁堂が、南部せんべいを作るきっかけは、尻内にあったマルヤ製菓の故三浦浩社長からまずは手の回らない配送を依頼されたことからでした。そして体調をくずした三浦さんから、それから3年後「製造も全部やってくれないか」と頼まれたのでした。
   東京で会社勤めをしていた槙さんが、20代後半で八戸に帰ってきたばかりの頃で、しばらく「マルヤ製菓」と名前を残したまま、同じ製法で続けていました。
 三浦さんは「ガソリンスタンドで南部せんべいを売る」という、今のコンビニ販売につながる先見的なアイディアの持ち主だったそうです。
 かつて六日町いわとくパルコ1階にあった2枚型の製造機が置かれたせんべい専門店「南部庵」もあり、そこも引き継いでいました。
 1年ほどで閉店したその店は、お土産としてグレード感を上げて、観光と物産をつなげていく実演販売のさきがけ的な店だったと、田村さんは今になって振り返ります。
 2008(平成20)年に八戸市岬台に工場施設を開業します。その時に、大事にとっておいた看板を飾り、「マルヤ製菓」から「南部庵」に改名しました。

南部せんべいの未来を拓く

 新幹線八戸駅が開業するまでの20年間、新幹線の終点は盛岡でした。そしてその間に南部せんべいは、岩手県の名物として浸透しました。いくら八戸は本家なんだからといったところで、やすやすとイメージは覆りません。
 2002(平成14)年の八戸駅開業で、新規巻き返し策の一つとして、同じせんべいでも八戸せんべい汁で行こうというユートリーの新幹線開業対策プロジェクトから生まれた「八戸せんべい汁研究所」と、2006(平成18)年八食センターで開いた第1回B–1グランプリ誕生から2012(平成24)年八戸せんべい汁研究所のグランプリ獲得までの6年間の事業展開はすでに多くの人に知られています。
 特にゴールドグランプリ直後は全国から何万枚、何十倍という注文が入ったそうで、「既存客の注文だけでまったく製造が追いつかない状態」(槙さん)だったそうです。
 「平成22年度の八戸せんべい汁の経済波及効果は563億円」との総務省による試算発表は大きな驚きをもたらしました。
 職人気質の強いせんべい業界で、商売としてはおつゆせんべいはそれまで全くは考えられないものでした。

 新規参入のせんべいメーカーである南部庵の強みはその発想の自由さにあります。後発ではあっても、胡麻、豆ほか12、3種類の南部せんべいを製造しているほか、米粉、青森ごぼう粉末などでのOEM(相手先ブランド名製造)も多く、中には「トマトせんべい」「ヒメマスせんべい」など興味深い商品名の例があります。
 特に力を入れているのが「プリントせんべい」です。記念写真や動画が見られるAR画像をせんべいに印刷し、企業のノベルティグッズや結婚披露宴などの記念品といった、これまでにない南部せんべいの消費があります。
 儲けはこれからだと言いますが、海外への販路開発展開にも取り組んでいます。ヘルシー志向のアメリカはもちろん、台湾の富裕層向けに自然食品として安全安心な食品をPRしています。今年初めにはベトナムの試食販売も行いました。
 「南部せんべいをナンブライスクラッカー、八戸せんべい汁は八戸ライスクラッカースープというのはちょっと勘弁してほしい(笑)。絶対、ナンブセンベイ(NANBU SENBEI)と、そのまま覚えてもらいたいので、その点よろしくお願いしますよ(笑)」と田村さんは槙さんに強くリクエストしました。
 ペット専門店とネットショップが中心なので、店頭で見る機会は少ないかもしれませんが、「青森まるごとペットプロジェクト」から犬用「わんぶせんべい」猫用「にゃんぶせんべい」が生まれました。原材料の小麦粉はすべて青森県産の「ねばりごし」を使用し、鱈を練り込んで焼き上げた低カロリーでヘルシーな犬用の南部せんべいは、飼い主さんもいっしょに食べられる安心のドッグフードとして人気です。猫用の「にゃんぶせんべい」は良質の鰹節使用。6枚入り350円と安くはない商品ですが、売れています。
 また「長者様の八戸せんべい汁」があるように、長者様のシリーズ(長者様の七味ニンニクなど)は新幹線が開業する前に「普段よりも贅沢なもので、安全安心の原材料にこだわって、健康で長寿でいられるように」がコンセプトのお土産ブランドです。

変えながら、伝統を守る

 3人姉弟の男1人として生まれ育った一郎さんは、先代が病気のために退いたために8年前、39歳の若さで社長に就任しました。
「最初は苦労もないことはなかったけども、私の父親はワンマンで、会社に入っても提案が全部ダメと言われてきた。何かを変えることがダメという感じで。それがやれるようになったので、逆に今は楽しいです(笑)」
 それまで営業として外に出ていた槙さんは、社長として企業の内と外という両側面を見る立場となり、環境の速い変化も感じています。
「食品のサイクルが早いです。ブームが来ても半年ぐらいのサイクルで飽きられます。味も変えながら、その中で伝統も守っていかないと。新しいのものをお客さんのほうからアイディアを出してくれる時代。新しい発想でどんどんチャレンジしたい」とその柔和な表情から、静かな闘志が現れました。
「変わらないためには変わり続けることが必要だ」と、マネジメントの本などにはよくあります。
 南部せんべいが変わらず愛されるためには、変わるべき時代が来ているのかもしれません。