ノースビレッジ農園の社食から〜栗谷川 柳子 さん(ノースビレッジ農園LLC代表)

社食、いただきます


食卓

 時計が正午を打つと、パソコンデスクの脇に置かれた座卓が〝社員食堂〟に早替わり。
 営業女子、農業男子が集まって、ノースビレッジ農園のお昼が始まります。
 三戸町は盆地で、青森県南の中でもいちばん寒さが厳しいところ。
 真冬日が続く2月のはじめ、この日のメニューは、炒った黒豆入りの玄米ごはん、カブの味噌汁。イタリアントマト「サンマルツァーノ」と玉ねぎのオムレツに、4種の豆サラダ。野菜は契約農家で丁寧に栽培されたものばかりです。調理担当の食堂男子、ほのぼのした佐藤義晃さんが説明してくれました。
 香ばしい黒豆は玄米と相性がいいし、サラダは大豆・青豆・白いんげん・紫花豆、それぞれの個性が楽しい。一口食べると、からだの中(細胞?)が喜ぶのが分かります。スタッフがみんなやさしいのも、こんなごはんを毎日食べているからかもしれません。

もったいない野菜がいっぱいある

「ノースビレッジ農園」は、三戸町の商店街から少し路地を入った、住宅街の一角にあります。
 町中を流れる川沿いの道を歩くと、切りだした木をそのまま使ったような、味のある看板が目にとまります。
 ノースビレッジ農園では2010年5月から、おもに首都圏のレストランに青森県産の野菜を販売してきました。
 立ち上げたのは、三戸町出身の栗谷川柳子さん。きゃしゃな身体と落ち着いた語り口に、パワーと行動力を秘めた女性です。
 八戸市での会社員時代に県産野菜のインターネット販売を手がけ、品質や環境にこだわりを持つ生産者と出会ったのがきっかけでした。
 青森県にはもったいない農産物がいっぱいある! 自分で売ってみたいと思ったものの、なかなか決心がつかずにいた08年、リーマンショックの影響を受けて勤め先が経営危機に陥ります。
 栗谷川さんは会社を辞め、起業を決意しました。八戸大学・八戸短期大学総合研究所が始めたばかりの「起業家養成講座」を受講しながら、フリーマーケットで不用品を売って資金を貯め、準備を進めていきました。

森森のおかし屋さんのブルーベリーパイ

 「金作さんのトマトをまず売りたいと思ってたんです」と、真っ先に契約したのは、三戸町の大山金作さんです。
 糖度13度(一般的には3~6度)のトマトを生産する、この道の達人です。サンマルツァーノの栽培も依頼しました。濃厚な味わいのサンマルツァーノは缶詰が多く、国産のものは希少です。
 「生のイタリアントマトがあったら料理人からの注文が殺到するんじゃないかと、勝手な妄想で作ってもらったんです(笑)」
 こうして、農園の主力商品が生まれました。

結婚相談所みたい

「私が作るわけじゃないから。仕入れて売ると高くなるじゃないですか。どこだったら売れるんだろうと考えたときに、主力商品と位置づけているトマトは、田舎の人はきっと買えない値段になる」
 ネット販売だけでは軌道に乗るまでに時間がかかりすぎる。じゃあ首都圏の飲食店から〝外貨〟を稼げばいい。でも〝想い〟がないお店には売りたくない。そこで、まずは料理とお客さんを愛する、こだわりを持つお店やシェフをインターネットで調べ、試食用の野菜を送ります。その後で店を訪ね、シェフと直接交渉することにしました。

ノースビレッジ農園

 約1年半の間に、レストラン同士の紹介で少しずつ取引先を増やし、今では野菜や果物、数十種類を50軒弱のレストランに卸しています。個別オーダーのほか、最近は、オリジナルの旬の野菜の詰め合わせに人気が出てきました。
 「シェフは何が届くのか楽しみにしてて、箱を開けて、じゃあこの料理を作ろうと…」
 食材を前にわくわくする気持ちは、料理を作る人なら誰でも分かるはず。いわんや、スーパーにあるようなものはほとんど入っていない、こだわりの野菜を前にしたシェフをや、です。
 「シェフとしては、メニューに個性を出したいんですよ。契約農家で作ったとか。でも自分で農家を探すのは難しいから、そこをマッチングするのが私たちの仕事。ただの仲卸じゃなく、結婚相談所みたいな感じ (笑)」
 忙しいレストランや農家が、直接つながるのは難しい。農協にトン単位で出荷している農家にとっては、レストラン向けのような小口の出荷は、なかなか手が回りません。だからノースビレッジ農園がそれぞれのニーズを聞き、ときには提案をして、仲をとりもちます。
 「東京のレストランのシェフが野菜を『素晴らしい』って言ったりする、それを農家さんに伝えると俄然やる気になって『もっと頑張る』『違う種類の野菜も作ってみる』って。食のプロにほめられるなんて、めったにないじゃないですか」

浦屋敷農園の小玉ふじ

 出荷した野菜が、どんなお店でどんなメニューになっているのか。シェフがどう評価したのか。農家にしてみれば、我が子の近況を聞くような気持ち。
 栗谷川さんの友人・山端さんが販売している県産奥入瀬黒豚に、ノースビレッジ農園がすすめた田子町産黒にんにくソースをあわせた一皿が、東京のレストランで提供されたこともあります。
 都会の一等地で、メイドイン青森の味が楽しまれている。想像するだけで心が躍る光景です。

 

永久就職お断り

杜仲茶のカップを持ち上げて、栗谷川さんはおもむろに言いました。
 「うち、永久就職お断りだから。だって、いつまでもいられても困るじゃない?」 
 社食では仲良しだったのに、意外とドライ!?と驚きましたが、まだ続きがありました。
 「お客さんができたらおもしろいなとか、今日のイベントで10万売れたとか。子どもみたいな単純なことなんだけど…。それをまず感じて、働くって楽しいんだ、新しいことを自分から始めてもいいんだって気づいてほしい。やりたいことのためにどんどん努力して、決意して、巣立ってほしいなって。『何を選んでもいいんだよ』って、私は思うから」
 
 家族や周囲に遠慮しすぎして、やりたいことを我慢してきた時間がもったいなかったと思うから、若い人に同じ後悔はしてほしくないと、栗谷川さんは静かに言います。
 出荷の準備で忙しく動き回る4人のスタッフがいきいきしている理由が、少しだけ分かった気がしました。

モノにだけお客さんがつくわけじゃない

「夢語れない女ってダメですよねぇ(笑)。でも、まだ言われない。けど、あります」と照れ笑いしていた栗谷川さんですが、ふいに表情をひきしめ、ぽつりと言いました。

栗谷川柳子さん

 「夢はシェフたちが口々に、この野菜の生産地に行ってみたいって言ってくれることかな」
 実際に、五戸町出身のあるシェフがノースビレッジ農園を訪ねてきたことがありました。そのときシェフは、かつて自分が思っていたふるさととは変わったと、驚いて帰ったといいます。希望もなにもない田舎だと思っていたけれど、元気な人達もいるんだね、勇気が出たよ、と。
 「モノにだけお客さんがつくわけじゃないと思っていて。つくる人とか、扱う人とか。モノと、それを取り巻くモノ、コト、ヒト、ぜんぶがいいなぁって思われたときに、初めて売れるんだと思う」
 野菜も料理も、作るのは、人。食べるのも、人。野菜も料理も、おいしいのは糖度が高いからや、火加減が上手だから、それだけじゃない。
 今日もあの人たちがあそこで頑張っているんだと思うと、勇気がわいてくる。一度行ったらそんな風に思えるノースビレッジ農園だからこそ、社食があんなにおいしいんです、きっと。さあ、今日も頑張ろう。頑張ったら…また社食、行ってもいいですか?

●栗谷川 柳子(くりやがわ りゅうこ)さん
1972年、青森県三戸郡三戸町生まれ。桜美林大学短期大学部卒業。八戸市での会社員時代、青森県産野菜のネット販売を担当し、健康と環境を意識する生産者たちに出会う。同じ頃、大病を患い〈食〉の重要性に気づく。生産者たちとのふれあい、野菜の素晴らしさ、そして病との闘いの中で、生産者たちが育てる〈やさしい野菜〉と生活者とのかけ橋になりたいと願うようになる。回復後の2010年5月、ノースビレッジ農園合同会社を設立し代表になる。野菜ソムリエ、食生活アドバイザー。

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