民窯の魅力。 『無名陶工の仕事展』開催
〜佐々木良市さん

 「民窯」(みんよう)という言葉はあまり聞き慣れません。
 「要するに『雑器』。飾ったり、見るだけの美術工芸品や茶器、藩用といって贈答品扱いの貢ぎ物などとは別に、実用品として庶民が使うもの。柳宗悦(やなぎむねよし:哲学者、民芸運動の創始者)が民芸の窯だから民窯といったんだよ」と解説してくれるのは佐々木良市さんです。

佐々木良市さん。仕事場にて

 佐々木さんはこの春、『土と手と炎・民窯・無名陶工の仕事展~佐々木良市コレクションから~』を開催。小中野左比代虎舞の代表としても知られ、陶芸家でもあり、30年余りにわたり陶磁器や古布、こけしなど暮らしに根付く古民芸・骨董品を収集してきました。

 昭和初期に起こった民芸運動は、日常的な暮らしの中で使われてきた手仕事の中にある「用の美」を提唱したものでした。
 日本各地それぞれの環境に息づく伝統と技法、その特色あるかたち、色、洗練された機能美。名も知られぬまま黙々と仕事を受け継いだ陶工の創り出した素朴でたくましい焼き物「民窯」。佐々木さんはその魅力を語ります。

 えんぶりを間近に、春のしめった雪が降り積もるある昼下がり、佐々木さんの仕事場を訪ねました。

 展覧会の準備で所狭しと段ボールが並ぶ隙間の椅子に腰掛けると、愛猫「雲」が、近寄ってきます。
 「気をつけないと猫の毛が服につくからね」
 窓際の壁には何十個かに仕切られた棚があつらえてあり、猪口、小皿などの骨董小物、破片となった焼き物もあります。 部屋全体がアンティークなのに、机の上には現代的なデザインのMac。

「今度の展覧会では、東北のものを中心に200点あまりを展示する。一番多いのは明治期。あとは幕末、昭和初期のもので、江戸初期のものもある」という佐々木さんが本格的に民窯品を集めはじめたのがおよそ35年前。
 ちょうどその頃、毎週日曜日に岩手県の久慈市小久慈焼に通って作陶を習い始め、作品の参考にできればと思ったのが始まりでした。それまでもお土産的に買ってはいたのですが、身近で使ったり見たりすることで気がつくことがあると考え、意識的に買い集めます。 八戸焼の故渡辺昭山氏が講師をしていた根城公民館の八戸陶芸クラブにも参加、クラブの会長として10年ほど活動する一方で、骨董品店を探して岩手県花巻とか一関、盛岡を訪ね歩きました。

 「うちの子どもたちは、遊びに行くと言えば骨董屋巡りのことだと思っていたんだよ(笑)」
 「1000円、2000円のものを買って楽しんでいた。それに遠く八戸から来たというと、割れたものとか、おまけにくれたりするんです。選ぶ時の基準みたいなものはやっぱり民芸ものだった。買いやすい猪口は、チョコチョコ買っていた(笑)」

 民窯の焼き物は、一日に一個でも多く作るための洗練された技術で、地元の土や材料で作っている。だから形も色々あり、それぞれの特長がある。そこが面白いのだと言います。
 「例えばこれは福島県会津本郷焼のにしん鉢、にしんの山椒漬けを作るための容器。これをどのように使っていたかと想像する。バウムクーヘン型のこれはおそらく滋賀県信楽焼の湯たんぽ。これは、通い徳利で四国の大谷焼。お酒を買うのに、貧乏人は樽買いが出来ず、徳利を持ってその都度一升ずつ買いに行く。ゆえに貧乏徳利ともいい、酒屋が配ったもの。屋号が釘彫りされている。これを使っていた時代のウラに見えるストーリーが面白い」

 陶器と磁器がある陶芸の世界。
 「磁器が陶器よりいいかというとそんなことはなく、それぞれに味わいがある。磁器は水がしみ込まないから清潔感がある。陶器は水がしみ込むことによって味わい。萩焼の七化けというように、シミとか汚れまでも美しいというのが日本の文化なんだよ」

 佐々木さんの焼き物の話は尽きません。目の前の猪口や皿を見ていたら、刺身でも盛りつけて地酒で一杯やりたくなりました。
 「料理人だった父親がよく言っていたけど、器の違いで料理のランクが違ってくる。料理に松竹梅のランクがあるとすれば、料理も品数は多いかも知れないが、一番違うのは器だって。同じ料理でも器が違うと味も、値段も違ってくる」

 「本業はね、オールサンデー毎日」と笑う佐々木さん。小中野に生まれ、八戸工業高校機械科を卒業して、間もなく市内の大手工場に入社、30年勤め上げました。現在は、印刷物制作、ビデオ撮影などの依頼を受けたり。3月に再開する館鼻岸壁朝市では「朝市珈琲」のマスターとして立っています。