八戸学院大学ジーパン学長 第11回  北海道ニセコ、陶酔と失墜

「愛がない」と呟いた。
 先日久しぶりに北海道ニセコに数日滞在した正直な感想だ。この町は何かおかしい。いや、おかしくなった。このアンバランスな感覚と、落ち着かない不安さはどこから来るのだろうか。

 奥入瀬十和田湖の惨憺たる状況を見て、成熟した社会における観光地再生のヒントを探し求めていた2007年、何度も北海道ニセコに足を運んだ。生き様としてとても尊敬していたクライマーのPatagonia創業者イボンシュイナードもプライベートでニセコに惚れ込んでいたようだし、オーストラリア人のロス・フィンドレー氏がニセコでラフティングなどのアクティビティーを始め、NACという象徴的なたまり場カフェを比羅夫に建てた。
 その放つ個性とたまり場、そしてそのデッキでビールを片手にするオーストラリア人はまさに我々が見た事の無い大人のライフスタイルの実践者でありとてもカッコ良く「輝いていた」。冬のバックカントリーに粉雪を求め、夏の渓谷に新しい楽しみを持ち込んだ彼らには、純真なニセコに対する敬意と愛があった筈だ。

 八戸の活性化のキーワードは「ライフスタイル」だと、いまだに強く信じている。
 素敵な町には音楽があり地に根ざしたスポーツがあり、良くわからん芸術があるのだ。
 2007年頃のニセコには理想に近い雰囲気と匂いそして憧憬があった。ニセコは全ての手本になる筈であったし、八戸にはニセコを越えるキラーなコンテンツにあふれていた。広域で考えるとパウダースノーと樹氷の八甲田山系、静寂の十和田湖、奥入瀬渓流のしぶきとブナのロンド、ペブルビーチやカーメルを彷彿させる種差海岸、国立公園の階上岳、少し足を伸ばせば日本最大級の安比スキーリゾート八幡平の高原。ニセコと八戸の違いは何なんだろう、とずっと思っていた。答えは「愛」だ。
 初期のニセコには地域を愛する「愛」があり、そこにパウダースキーやシンプルなライフスタイルを愛するキーマンが訪れ、ライフスタイルと異文化のクロスした素敵な空間が生まれたのだ。

 その愛はどこへ行ってしまったのだろう。
 パウダースノーを求めた純粋な「愛」は、やがて投機家の注目の地になってしまった。
 一時、土地の価格上昇率日本一に比羅夫、豪州系の不動産投資家からいつのまにか華僑系の投資家の投機の地になってしまったのだ。車で5分も走れば他の北海道と変わらない大いなる田舎のはずなのに。転売利ざや稼ぎ目的の不動産投資はかつての日本のバブルを彷彿させる。実経済をともなわないババ抜きゲームなのだ。
 投機物件のホテルは部屋に明かりは灯らず、レストランは異常としか思えない観光地化価格がまかり通り失笑ものだ。キンキの塩焼きが1万2千円だ!ウニ丼3千900円!!、ピザ2千100円!!!
 いい加減にしろ。
 目に入るものは英語表記の不動産屋ばかり、「For sale(売却物件)」の看板、建設中の日本に相応しくない欧州のリゾート風のコンクリート製プチホテル。コンクリートのホテルは投機物件としての長期の価値担保のためであろう。
 新設のホテルには日本人は使わない不可思議な屋号と使わないフォントの奇妙な漢字。そして例の騒がしい団体客。愛すべき北海道ローカルのコンビニすらなぜか居心地が悪い。  ライフスタイルの憧憬の地のはずであった私のニセコは日本一居心地の悪い地になってしまった。恐らくもうニセコをベンチマークすることは無いだろう。 さらば好きだったニセコ。

 「投資したくなる町」ではなく「何回も通いたくなる町」に八戸はなって欲しい。
 幸い私の友人たちは勝手に何回も八戸に通っているようだ。
 この愛ある口コミが広がってこそ本当の活性化が始まる。投資家による投資家のための活性化はゼロサムゲーム、誰かがババを引いたらゲームエンドなのだ。 何回も通ってくれる人たちから「ついに住みついてしまったよ!」という人が増えてほしいものだ。

 この記事は、八戸マガジン『ユキパル20』最新号に掲載されています。お求めは→こちら

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